『立ち食いそば完全制覇・中野篇』第2回・天ぷらそば

さて、第2回。
昨日は酔っ払いの注文した天ぷら玉子に興味をそそられ、きっと今日は玉子を頼むぞ、と意気込んでいたわたくしですが、ちょっと振り返って、昨日の記事でもいい、全メニューを見て頂きたい。
たぬきに対してたぬき玉子、天ぷらに対して天ぷら玉子というメニューは見えるが、玉子そば、あるいは月見そばといったメニューが無いことに気付く。
確かに玉子は食べたい。が、月見がメニューにない以上、「たぬき玉子、そばで」「天ぷら玉子、そばで」などと頼むほか無い……のだが、やはり順当なことを考えれば、たぬき玉子の前にたぬきを、天ぷら玉子の前に天ぷらを体験しておくべきなのではないかとわたくしは思う。だからこそ昨日「かけ」を食ったのだから、かけ+玉子――つまり「月見かなー」と思って店頭まで来たのだが……。



これがJR中野駅南口『駅前そばミミ』外観である。
外に手書きのメニューが貼り出されていて、全メニューのチェックに多いに役に立った。こういう中で何が提供されているかわかりやすい外観は、飲食店にとって大事なことだ。
ラーメン屋などでよく、メニューや自慢のラーメンの写真等を貼り出さない、秘密主義な店を良く見るが、あれは良くない。現在ラーメンといえば醤油、味噌、塩、とんこつの基本から、とんこつ醤油、豚魚ダブルスープ、はたまた謎のポタージュスープ(天下一品のこと*1)まで、多種多様な味。客の好みも千差万別。この店でどんなラーメンが出されているのかわからなければ、一見さんが入るために勇気が必要となる。入ってみて、「え、ここ東京ラーメンって書いてあるけどとんこつなの?」「えー、餃子無いの?」そんなやりとりはもう聞きたくない。


今日の入店はお昼前の午前中。
昨晩の店主が、相変わらず無言でわたくしを迎える。
メニューに月見が無いことを再確認して、ならばと、
「天ぷらそば」と言い、300円をテーブルに置く。返事は返って来ない。前の客の注文、ミニカレー+たぬきそばの順番に用意している。
客にそばを提し、やっとこっちを向いて、「なに? 天ぷら?」
……聞いてない風だがしっかり覚えてる。もしかしてこれってツンデレ? この店主はツンデレか!?
なんて馬鹿なことを考えてる間に、てんぷらそばが提され、店主は茹で置きのそばを湯で茹がき、そば湯を切って丼に移す。天ぷらをのせ、天ぷらの上から熱いつゆをかける。刻みねぎを天ぷらの上にばらりと乗せて、完成だ。
早速味わおうと丼を手に持つと、熱くて持っていられない。キモチつゆをすすってから、丼をテーブルに置き、片肘ついて猫背でそばを啜り食った。行儀が悪いなんてママンに怒られそうなポーズだが、これが立ち食いそばのマナーだ。背筋を伸ばして肩をいからせて丼を口許にそばを啜るなんて、味皇様じゃあるまいし。
店主はお釣りの10円をカウンターに置いた。


と、ここで事件発生。
わたくしの背中をかすめる人影が!
なんと、別の店員だ!! 店主と歳の違いはなさそうな中年男性だ。いつもの店主以外の店員を初めて見た。
そういえばわたくしは、『ミミ』に来るのは午後、それも夜が多かった。もしかしたらいつもの店主だと思っていた人物は、朝と夜番なのかもしれない。
第2回にしてさっそく、「店主」という名を改めねばならない。
じゃあ出会った順番に、店員A、店員Bで。
店員Aは店員Bと交代して、どこかへ去ってしまった。これからしばらくは店員Bの時間帯だ。
そして何より――この店員B、Aと比べて断然愛想が良く、腰が低い。
声は小さいが、「いらっしゃいませ」「はい220円頂きます」「ありがとうございました」と声にする。しかも客のごちそうさまの言葉に答えて「ありがとうございます」、客がのれんをくぐって退店して「ありがとうございました」のダブル・感謝だ。Aじゃあり得ない!!
そんな店員Bを観察していて、わたくしはまた一つ気が付いてしまった。
この店のカウンターはL字型だが、わたくしの立つ位置と別の辺に当たるカウンターに、丼が置かれ、その中には玉子がたくさん乗っている。
それは何? どう見てもテーブルに、七味と並んで置かれている。まさか……茹で玉子……。いや、でもメニューに茹で玉子は無い。じゃあ生玉子?
カウンターに50円玉を置き、「大将! 玉子ひとつ、もらうからね!」なんて粋な態度で客がその玉子を割る――そんな様子を想像してみる。
それはつまり、かけを頼んで生玉子をそこから取れば、当初予定していた月見そばが自前で出来たはずではないか。気になって気になって仕方ない。
50円をカウンターに置いて玉子をひとつ取る客はいないか?
茹で玉子だと思って、割ってみて生玉子がどろりと落ち、「ありゃ」なんて情けない声を出す客はいないか?
月見そばを食べたかったんだけどなぁ、しかしあの玉子をもらえたとしても、メニューにない限り、この挑戦に不必要なものだなぁ。うじうじとどうでもいいことが頭の中でぐるぐる回る。
そのくらいの質問、店員Aにならともかく、店員Bになら訊けそうなものだが、立ち食いそばという店には、必要以上の会話をさせない空気が流れている。愛想がいい店員だったとしても、だ。にこやかに「それ何すか?」「美味いっすねぇ」「写真撮っていいすか?」と会話が弾みそうな予感が全くしない。*2
うじうじ。
ずうずう。
天ぷらそばの味、もうしない。なんて気の弱い男だ。俺は。


――と、その時である。のれんをくぐって入って来る客あり。
「冷やしたぬき、玉子入り! ねぎ抜きで!」と注文する客だ。渡りに舟とはこのことだ!
店員Bが「はい」と答え、ちゃっちゃとそばが作られて行く。玉子。玉子は……!?
実は、カウンターの中、厨房のパントリーテーブルに茹で置きそばと共に玉子がボウルに置かれている。
もし店員Bがそこから玉子を取れば、カウンターの玉子が何か、答えはわからない。だから、相変わらず味のわからない麺を飲み込みながら、わたくしは店員Bの手を注視する。
すると店員Bは、わたくしの期待どおり、カウンターの玉子を手に取り、丼に割り入れた!
やったーーーーーーーーーーーーー!!
生玉子です、バンザーーーーーーーーーーイ!!
……っていうか、手に取りやすい場所に玉子を置いた結果が、客側カウンターに生玉子の真相っぽい。ただそれだけ。
じゃあ、パントリーテーブルの玉子は?
今のところは不明。そこからカウンター側に補給するとか?
後ろ向きで調理する時用とか?
真相は、いずれ、明らかにされるだろう。わたくしがこのことを忘れていなければ。




かけそば
・たぬきそば
天ぷらそば
・わかめそば
・きつねそば
・ちくわ天そば
・コロッケそば
・たぬき玉子そば
・天ぷら玉子そば
・わかめ玉子そば
・きつね玉子そば
・ちくわ天玉子そば
・コロッケ玉子そば
・ざるそば
・冷やしたぬきそば
・冷やし天ぷらそば
・冷やしわかめそば
・冷やしきつねそば
・冷やしコロッケそば
・ミニカレーライス+たぬきセット
・ミニカレーライス+天ぷらセット
・カレーライス
・大盛カレーライス
・玉子カレーライス
・コロッケカレーライス
・カツカレーライス


偉いぞ!立ち食いそば
本企画は、東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』から思い立ったリスペクト企画、縮小再生産です。




<おまけ>
中野駅北口『かさい』

こちらは、基本の「田舎うどん・そば」をかけとして、あとは天ぷら、コロッケなどトッピングを伝え、自分で好きなバリエーションを楽しむ立ち食いそば店である。
そのため、メニューの数は一見少なく見える。
メニューに注意書きがあり、トッピング2個以上の場合、その数に応じて割引がなされる模様。また、冷やしメニューは50円増し。
つまりバリエーション的には『ミミ』にそう劣らない。
そば自体も不揃いの手切り風の麺で、茹で置きゆえのぶつぶつと切れる感触はあるが、値段と立ち食いであることを考えれば、満足のいく味である。
ちなみに『ミミ』と同じく天ぷら(かき揚げ)そばを頂いたのだが、こちらのかき揚げは春菊が多く、その分香りが強い。
今回の挑戦は全メニュー制覇であるので、バリエーションの数でなく、メニュー表上での項目の数に注目している。
ゆえに、当初の予定通り、今回の企画は中野駅南口『駅前そばミミ』にて開催。
ちょっと後ろ髪引かれる思いである。


もうひとつおまけ。
『かさい』店内に「商売繁盛」色紙が飾ってあり、その送り主だろうか、江戸文字シールで『春風亭昇輔』と貼ってある。
この人はもちろん名前からわかるとおり落語家で、先ごろ「瀧川鯉朝」と名を改め、真打昇進した人だ。何で貼ってあるんだろう? よく来るのだろうか。

*1:本当は鶏がらと野菜のスープ

*2:メニューの写真が掲載されないのもそのせいだ。携帯カメラのシャッター音で、じろりと見られそうでつい、サボっている。