牛丼太郎
男が店内に入って来る。
サラリーマン。歳の頃は50後半。しょぼくれた、バーコードヘア。
男は食券販売機を素通りして席につく。
店 員「食券買ってくださいね」
男 「あ、ハイ」
その様子を奥の席から見る、寿トリノ。
トリノは既に牛丼セットを食べている。
トリノ「(味噌汁をすすりながら)吉野家と間違えやがったな」
男は席にカバンを置いて、あわてて券売機へ向かう。
コインを入れ、ボタンを押す。
おつりボタンを押して、食券とおつりを取る男。
カバンを置いた席へいそいそと戻る。
男は食券を店員に見せながら、財布をいじる。
店 員「セット一丁!」
男 「あ、ちょっと待って……!」
男は財布の中から、サービス券を取り出す。
店員にサービス券を見せる。
店員はニッコリ笑って、
店 員「すいません、お客さん。その券は松屋さんで使ってくださいね。こちらは牛丼太郎なんですよ。ごめんなさいね」
男は恥ずかしそうにサービス券を財布に戻すと、出されたお茶を飲み、店内を見回す。
トリノは男のほうを見てはいない。ただ、牛丼を食べている。
トリノ「食券だから? 松屋? ぷぷっ」
トリノはこう思っている。
――恥ずかしいだろうなぁオッサン。でも店員の態度悪くなかったな。事務的に拒否って感じじゃなかった。それにしても、思い込みってのはすげぇ。牛丼という文字で吉野家だと思ったんだろう。食券て言われて松屋だと思ったんだろう。牛丼太郎だなんて知らずに、これっぽっちも疑問に思わずに入ったんだろうなぁ。むしろ、券売機にある値段を見て、この松屋メニュー安っ! ラッキー! みたいにまで思ってたんじゃないかなぁ。
それにしても、何のサービス券だったんだろう。